おこめはいいぞ

全部主観です

高2の時に神社で髪を食べられてから全てが狂った

(少しだけ編集しました。)

 

 

人生の中で、分岐点やターニングポイントと言われる時はいくつか存在する。

 

24年生きてきたわたしの人生のターニングポイントは明確に3つあるなと思っていて、その中でいちばんやり直したいのはダントツで高3の1年間だと思っている。

すべての要素がマイナスに作用した、とことん生きててしんどい1年間だった。

 

大したことないと思われるかもしれないけど、その1年間のことと、引き金になったと疑っている(?)トラウマな出来事のことを綴ります。暗い記事。

 

 

わたしは地方都市の比較的裕福な家庭に育った。

今になって思えばすごく守られて育ってきた。

勉強も部活も人間関係もそこまで苦労をすることもなく、高校生活は楽しかった。

 

来年は大学受験だということで、受験にゆかりのある神様が祀られている神社に一家で初詣に行った。

正月だからものすごく混んでいて、1時間以上は並んだと思う。

真っ白なコートに一度も染めたことのない黒髪ロング、さぞ純真に見えたんだろうな。

お賽銭をして、志望校合格をお願いして、左にハケて、家族と合流する前、何気なく髪をさわった。

XXX

家に帰ってから、涙が出た。

 

そこからの1年間は最悪だった。

神様から見たら、聖域で髪食べていちゃついてるようにでも見えたのか。

わたしは真剣に拝んだし真剣に生きた。

 

わたしの通っていた高校は、2年生までは特進コースと普通コースに分かれていて、それが3年生になると国公立・特進コース、私立・特進コース、普通コースの3つに分かれる。

(厳密に言えば理系文系などの専攻でも細かく分かれているけどここでは省く)

地方は国公立信仰が強いので、だいたいトップ層は特進→国公立・特進に行くのが定石だった。

わたしは普通コースから国公立・特進コースに進んだ。

当然クラスでほとんどが同じクラスからの持ち上がりで、ほとんど関係性が出来上がっていた。

わたしは高3で初めて、クラスで浮いた。

 

それまで人間関係はわりと上手くいっていたからどうにもできなかった。

結局、音楽系の部活に入っている女の子達5~6人のグループに運良く混ぜてもらえたけど、高2までのクラスの話や部活の話がほとんどで、みんなが見てる世界にはわたしがいないのが前提なんだなと勝手に捉えてしまった。

1年間うまく馴染めないまま、他のクラスに逃げたりしながらもお昼休みはなんとかそのグループで過ごした。

もちろん感謝しているし、わたしが入ってしまって申し訳なかった。

 

あと、特進コース専任みたいな感じの数学教師に毎日のように怒られたのも心に来た。

その人に教わったことがないのがクラスでわたしだけで、おまけに数学が苦手だったので結構立たされた。

勉強ができなくて立たされる、という経験も今までなかったので慣れてなくて辛かった。

ただ、めちゃめちゃ数学の成績は上がった。

教える内容はいいんだからやり方考えてくれ。

 

初めてクラスで浮いて、数学では怒られまくって、学校に行くのにすごくエネルギーを使うようになった。

朝起きる気になれないので、朝補習は留年ギリギリになるまでサボったし、朝家を出たフリをして、両親が働きに出たらこっそり家に帰り、気持ちを作れたら途中から学校に行ったりすることもよくあった。

受験生なのに舐めてると思われていたに違いない。

だから更に浮く、のループだった。今思えば。

 

学校行事が最悪だった。

体育祭では、応援合戦的なノリの3年生だけ衣装を着て踊れるやつがあって、コースごとに男女比や人数が違うからくじ引きで衣装を着る人を決めるのだが、5枚くらいしか入っていないハズレを引いた。

暑い中、同級生が衣装で踊ってる後ろで1.2年生とパネル演技をした。

休まなかっただけ偉いと思う。

 

文化祭は楽しくなさすぎて覚えていない。

浮きすぎて尖り始めていた時期だったので多分途中で帰った。

 

あと、小6の時ぶりに好きな人が出来たけど、自分がクラスで浮いているのが気になり何もできなかった。

その人、先述した体育祭で、ペアになった女子と付き合ってたな〜

その子は同じクラスの音楽系部活だった。

2人が踊ってる後ろでパネルを動かしていた。

毎日2人の仲を目撃する羽目になったけど、これに関しては、卒業式の時あんまり話してないのにアルバムに勝手にメッセージ書いてくれたので勝手に報われたと思っている(何が?)

今でも思い出すと悲しくなりますね。

 

そして最後。

精神力を奪われすぎていて勉強に身が入っていなかったので当たり前にたくさん大学に落ちた。

旧帝を志望していたはずなのに、偏差値50程度の私立のセンター利用しか受からなかった。

そこから主に理想とのギャップで大学をドロップアウトし、現在は激安IT人材となっている。

 

もちろん自分の努力不足もあるとはいえ、

高3の1年間はほんとうに何もうまくいかなかった。

うまくいって志望校にも受かっていたら、人生全く違っていたと思う。

 

今はいろんな痛みを知った。

むやみやたらに人を責めたりしない。

他人のことを考えすぎるのは時間の無駄だと知っている。

他人の不幸を願うなんていちばん駄目で、どんな人も幸せになったらいいのになと本気で願っている。

 

でも。

あの時神社で髪を食べてきた人間には、ほんのちょっとだけでも、高3のわたしより不幸な1年を送っていてほしいな。

 

そしてわたしは、思い描いていたものとはまったく違うけど、素敵な人生をこの手で作り出していくんだ。